大判例

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福岡高等裁判所 昭和26年(ネ)487号 判決

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

被控訴代理人において「控訴人は、訴外池上清広から、賃貸期間の定めなく、本件一棟二戸建の家屋の西側一戸を借受け占有しているものである。被控訴人と日田市居住某女との婚約は、控訴人が本件家屋(西側一戸)を明渡さないため、新婚夫婦の同居すべき住居がないことが原因で破約となつた。その後、被控訴人は沖中文子と婚約し、本件家屋の明渡次第これに同居することとなつている。

なお、被控訴人は、九州大学法学部在学中で、昭和二十九年三月卒業の予定である」と述べ、控訴代理人において「控訴人が池上清広から、期間の定めなく、本件一棟二戸建家屋の西側一戸を借受け居住していることは認める。

被控訴人と日田市居住某女及び沖中文子との各婚約並びに、被控訴人主張の婚約破談の点は、これを否認する」と述べた以外は、原判決の「事実」に示すところと同一であるから、ここに該記載を引用する。(但し、原判決二枚目表末行の「斉藤ソヨ」は「斉藤ソヨ」と訂正する)。

<立証省略>

三、理  由

一、当裁判所は、被控訴人の本訴請求を理由があるものと認める。そして、その理由は、原判決の「理由」中「翻つて」以下(原判決六枚目表十二行以下)を削除し、次の通り附加補充する外は、原判決の「理由」に記載する通りであるから、ここにこれを引用する。(但し、原判決六枚目表初行の「斉藤ソヨ」は「斉藤ソヨ」と訂正する)訴外池上清広と控訴人間の、本件家屋中西側一戸の賃貸借が、期間の定めのないものであつたことも当事者間争がないから、被控訴人は、本件係争家屋の所有権移転登記と同時に池上清広の控訴人に対する期間の定めなき賃貸借の賃貸人たる地位を承継したこととなる。

二、当審証人沖中文子の証言により成立を認め得る甲第一号証の一、二、原審証人斉藤ソヨ、原審並びに当審証人島洋、及び右沖中文子の各証言と原審並びに当審被控訴本人尋問の結果を合せ考えると、被控訴人は現在九州大学法学部に、在学中の身ではあるが、父の死亡後は、斉藤家の世帯主(長男)として、母及び弟妹合せて、七名の世帯員を擁するため、自身自動車油の製造販売業に従事しこの収入に西日本鉄道株式会社及び、九州電気株式会社に勤務の弟妹二人の賃金収入の補助を得て、一家八名の生計を維持している関係上、妻帯の必要に迫られ、先に認定のように、控訴人が日本タイヤ株式会社の社宅に入舎し得ないとしても、係争家屋から立退くとまで、明言したため、これが明渡を期待し、昭和二十五年十一月頃婚約成立し、(当審証人島洋の証言中、婚約成立の日時の点は採らない)係争家屋の明渡を待つたけれども、控訴人が前認定のような、事由をもつて明渡を拒否したため、結局、新夫婦の同居する住居のないことが原因で、右婚約は遂に破談となつたこと、なお被控訴人は、前記営業を主として妻に執らせて学業を卒える必要も新たに生じ、昭和二十六年夏頃、沖中文子と婚約し、同居を待つばかりとなつているにかかわらず、被控訴人の現住家屋は、これを容るるに狭隘であり、依然として、控訴人が係争家屋を明渡さないため、この婚約もまた、延び延びとなつて現在に至り大いに困惑している事、なお、被控訴人は、控訴人主張のように、下水溝を塞ぎ、あるいは、便所の汲取通路を塞ぐ等のことをなしたことのない、事実が認められる。以上の認定に反する、当審証人山口米蔵の証言は、措信しない。乙第四号証の三は成立に争ないけれども、その記載は、成立に争ない甲第二号証の記載と対照して、明らかなように、右認定の妨げとはならず、その外に、右認定を左右すべき証拠はない。

三、そして、本件当事者の各住宅の間取と居住の状況等を調査、対比するに、成立に争のない、乙第一、二号証の各一、二と原審検証の結果及び原審控訴本人尋問の結果、並びに当審被控訴本人の供述の一部に依ると、控訴人の現住家屋即ち係争家屋は、六畳二室、四畳半、二畳各一室の合計四室で、昭和十四年八月末頃以来、控訴人と共に、その長男(大正十五年四月生)、二男(昭和三年十一月生)、長女(昭和六年二月生)、三男(昭和八年三月生)、四男(昭和十一年三月生)、二女(昭和十四年四月生)の合計七名が起居し、被控訴人一家は、控訴人家より数ケ月後れて、現住家屋に移居して来り、その住居は、控訴人方と比べ、三畳一室(炊事場)だけ広く、これに、前認定のように、母子八名が起居しており、従つて、現住の人数だけからいえば、当事者双方とも、殆んど同程度に住居の手狭さを感じていることの各事実が認められる。これに反する原審証人池上清広、同斉藤ソヨの各証言及び当審被控訴本人の供述は信用しない。

四、思うに、他人が賃借居住している家屋を買受けた者の、賃借人に対する家屋明渡の請求が容易に許さるべきものでないことは、賃借建物を買受くる資力のない、賃借人の居住権の保護を主目的とする、借家法制定の法意に徴し明白であるから、被控訴人が本件家屋を買受くるに至つた経緯自体については、前叙のように、非難すべき点はないとはいえ、既に十余年前叙の如き家族を擁して、係争家屋に居住して来た控訴人としては、格別の事情がない限りこれを明渡す義務のないことは、言を俟たない。こは、しかしながら、賃貸借の当事者が互に相手方の立場を考え、信義と互譲の精神をもつて、極力住宅事情の緩和に努力すべきことを否定し得るものと解すべきではない。

これを本件について看るに、被控訴人が本件家屋を買受け、その所有権取得の登記を経由して、僅々数ケ月を経たる昭和二十四年三月頃、はやくも控訴人に対し、十年以上も住み慣れたその居住家屋の明渡を請求したことの当否はこれを措くも、前認定の如く、控訴人が日本タイヤ株式会社の社宅に入舎し得る状態になるや(原審控訴本人の供述によると入舎するため社宅の掃除までなしたことが認められる)被控訴人に対し不当の立退料を要求し、これが容れられざるに及んで明渡を拒絶しその間社宅の割当は取消された事実、被控訴人が本件係争家屋を必要とする前認定の事実、原審証人白川仲次郎の証言により認め得る、控訴人が努力次第では他に転住すべき家屋を買受くる資力を有する事実、その外前示認定の諸般の事実を彼此綜合すると、控訴人の立場にも諒すべき点がないのではないが、結局被控訴人のなした本件解約の申入れは、正当の事由があるものといわざるを得ない。尤も解約申入れについての正当事由は、総て、昭和二十四年三月後に生じたものであるが、右白川仲次郎の証言によると、被控訴人は昭和二十五年八月頃まで数回に亘り、係争家屋の明渡を求め、ついで記録に徴し明らかなように、同年十一月七日本件家屋の明渡を求むる訴状が以後訴を維持しているのであるから、仮りに、昭和二十四年三月なした解約の申入れが、その効力ないとしても、訴訟を維持することにより解約の申入れは、継続してなされているものと認むべきであるから、前認定の通り、沖中文子との婚約という最後の新たな明渡事由の附加された昭和二十六年夏頃から六ケ月を経過した時に、遅くとも被控訴人と控訴人間の本件係争家屋の賃貸借は解約されたといわねばならない。

従つて被控訴人の請求を認容した原判決は正当で本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条本文、第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 桑原国朝 二階信一 秦亘)

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